被災者支援パソコン設定ボランティア

この土日は、会社の同僚と共に、被災者にお渡しするパソコンの設定をするために宮城入りしました。

以前、女川の中学にパソコンを26台進呈していたのですが、うちの会社からの支援品のためすべて英語OSのパソコンだったんです。これを日本語化するためのマニュアルを添付してお渡ししたものの、やはりうまくいかずにそのままにしてあるとのことだったので、一度女川まで取りに行くことになりました。

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1か月ぶりの女川は大分片づいてがらんとしてきていました。と言っても鉄筋コンクリートのビルはまだ手つかずで残ってましたが。

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このビルはひっくり返ったままです。

女川の浜に向かう途中の道沿いにずらーっと仮設住宅が並んでいました。まだ人が住んでいる気配はありません。一棟10軒で20棟くらい並んでましたね。こうやって平地がないと建たないんだもんなぁ。なかなか土地の確保が大変なのがわかりますね。たんぼの上に建てるわけにもいかないでしょうし。

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私は今ITに所属しているので、同僚は結構な比率でパソコンオタクです。

そのうちの二人で、この間、牡鹿半島の東浜地区にトラックで物資を配達した際はトラック野郎に変身していた二人が、今日はパソコンオタクの本領を発揮してくれました。

私が女川に行っている間に先に私の実家に行き、実家の近所に借りている倉庫に置いてあった30台ほどのパソコンの日本語化に先に着手してくれていました。

朝6時半に東京を出て、お昼頃から作業を開始しています。

私は7時過ぎに浦安を出て、午後2時頃に女川に着きました。

途中、石巻市内を走っているときに携帯に地震速報が入りました。車で走っていたので揺れはちっとも感じなかったのですが、岩手で震度5強、石巻周辺も震度4くらいはあったようで、津波が来ないかと一瞬構えましたね。と言っても情報収集しつつ女川に向かって走り続けていましたが。

ラジオで津波の心配はないことを確認し、そのまま女川に行きました。女川でいつもの先生と待ち合わせ、以前お持ちしていたパソコンをお預かりしてきました。

車を開けてパソコンを積み込もうとした途端に車の中にハエがたくさん入ってきます。女川第一中学は丘の上にあるので被災した浜の真上ではありますが、かなりの高度であるにもかかわらず、やはりハエが増えちゃうんですねぇ。まあ、浜の方は地盤沈下して水に浸かっているし、がれきも前よりは片づいたとはいえ、まだまだ山のように残ってますからねぇ。

そして26台のパソコンを持って実家にたどり着いたのは午後5時頃。その頃、同僚はすでに30台ほどの設定を終えつつあり、そこへ更に26台届いたわけです。いくらパソコンオタクでも同じ作業を50回繰り返すのはかなり根気がいります。

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そして結局午後8時半くらいまでかかりました。

途中、私たち家族は隣で焼き肉を開始し、パソコンが終わってから同僚の二人にも加わってもらい、合計10人でにぎやかな夕食となりました。

そして彼らは9時半だか10時くらいに東京に向かって帰りました。東京に着いたのは午前3時頃だったそうです。

お疲れ様でした。

多くの被災者の方が喜んでくださることでしょう。

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この記事へのコメント

いもうと
2011年07月25日 12:03
すんばらしい!! お疲れ様でした!!
管理人
2011年07月26日 09:16
いもうと>ほんと、彼らは大変そうでしたよ。いくらオタクでも50台はねぇ。