Facebookの感じ方

来年の夏、高校の同級生が大同窓会を計画していて、Facebookでもグループページが作られ、はるかかなたの記憶の底に眠っていた大昔の友達との交流が復活してきています。高校のときの一学年は確か500人弱でした。誰かが1割の人がFBを使っていれば、そこから輪が広がって、音信不通の同級生を探せるんじゃないかと言ってました。

ほんと、すごい技術ですね。おかげで、短期間のうちに懐かしい人たちの様子がわかるようになってきました。

一方で、数日前にウォールストリートジャーナルでこんな記事を読みました。

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 友人、家族、それに同僚に恵まれ、読者はすてきな生活を送っていることだろう。ただし、実際には自身が思うほどにはすてきではないのかもしれない。

 フェイスブックへの自身の投稿を思い出してほしい。

 「最高の夫から送られた、最高のギフト」

 「30分間、高速で泳いだ。昨晩、飛行機でシャルドネを大量に給仕されたのだが」

 「自著の最初の印税小切手を受け取った」

 「サンセット・セーリングが、そのままムーンライト・セーリングになった。至る所に流れ星。完璧だ」

 良く解釈すれば、これらは単に典型的な日常の投稿だ。しかし読者よ、気づいているにせよ、いないにせよ、これは自慢だ。これは制御が効かない行為だ。そもそも、なぜこうしたことが起きたのか。

 明らかなのは、インターネットがわれわれの大言壮語に聞き手をもたらしたということだ。ソーシャルメディアはこれをあおる存在だ。われわれは常に完璧であることを期待されている。結果、一層多くの人々がネットでのイメージに気を配るようになった。
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へえ、そんな見方があるのか・・・。自慢だなんて考えたこともありませんでしたよ・・・。

私は基本的にリアルで知っている人に限ってFBの友達になり、その人たちの書く記事を購読しています。確かに、FBにポストされる内容には幸せで平和なものが多く、匿名で行われるツイッターに批判的なものが多いのと比べて差があるのは感じます。ま、これは自分の友達コミュニティがどんな人たちで構成されているかで異なるんでしょうけどね。

でも、「最高の夫から贈られた最高のギフトだ」と書いている友達がいたとしても、幸せそうで何よりだな~と思うし、

「30分間高速で泳いだ。昨晩、飛行機でシャルドネを大量に給仕されたのだが」と言っている人がいたら、体を鍛えてるんだな、自分も頑張らないと、と思うし、

「自書の最初の印税をもらった」という人がいれば、がんばってるんだなぁ、認められてよかったなぁ、と思うし・・・

別に自慢だとは思わないんですよね。

それどころか、FBへのみんなの幸せそうな投稿を見ていると、自然と顔がほころんできて、こちらも幸せな気分になってきます。人生の中でどこかでご縁があって出会った人たちが、世界中のあちこちでいろんな経験をしながら生きてるんだなぁ、と思うと、すごく感慨深くてね。

感じ方って、結局、自分がどういう状態にあるかによるんじゃないかと思います。自分自身が幸せで満たされていれば、人を自分と比較しないから、人の幸せを自慢だなどと感じずに普通に喜んであげられるんじゃないかな。

自分が幸せじゃないとき、あるいは人に対して劣等感があったりするときは、同じ投稿を見ても、この人たちは自慢していると思って、不愉快になり、悲しくなってしまうのかもしれません。

どんな投稿があったらむかつくかな・・・うーんと、

「昨日4対4の合コンだったんだけど、他の女の子たちイマイチだったから、男の人4人全員から告られちゃった。こまっちゃう~」

とかいうやつがいると、刺してやる、と思うかも(笑)

でも、そんな人、友達にいないから、そんなフィードが入る危険はないですからね。

なので、自分としては、たとえ自分に辛いことがあっても人の幸せを喜べる人でいたいなと思います。

これってアサーティブネスとつながってるな・・・と最近感じてるんですよ。

話が長くなるので詳しい解説は避けますが、ちょっと前にとんでもないエグゼクティブコーチに、日本人である誇りを捨てて、欧米の方が優れていることを受け入れなきゃいけないなんて言われた後、自分は日本人で、自分は自分のままでよくて、自信をもってそうあること、それそのものがアサーティブネスなんだということが逆にわかっちゃった気がして、それ以来、逆に自信がついたというか、自信に裏付けが出来て、人との比較じゃなく自分は自分として評価できるようになったというか・・・。

そういう意味で、安定している人たちが書いている記事はその安定感を感じられるからか、読んでいてこちらもほっとします。

確かに中には人に対して劣等感を抱いていて、必死で自分を大きく見せようとあがいている感じの人もいて、そういう人が書いているものには不快感を感じることもあるので、購読をやめちゃったこともありますが。

でもそんなことに遭遇する確率はとても低く、今のところ1%未満なので、残り99%以上に関しては新しい形のつながりをenjoyしています。

そしてそういう多くの人たちとの交流が保てるFacebookという技術、これを世界にもたらしたザッカーバーグさん、あなたはホントに偉いと思いますよ。上場はイマイチうまくいかなかったけど。ま、基本、無料だからねぇ。収益構造を安定させるのは難しいんじゃないかと思いますねぇ。このサービスがすたれないよう、しっかり収益構造を作って、維持してほしいものです。

ま、こういうオープンコミュニケーションは向き・不向きがあるでしょうから、万人に使えとは言えませんけど、効率重視の私としては、ここまでくると、FBで飲み会の案内も済ませたいですね(笑)

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この記事へのコメント

あつこ
2012年08月21日 08:37
自慢ねえ。でもそういう人は、人が幸せな報告をしたら自慢だと感じる心が狭い人か、自分が不幸な人なんじゃないのかなあ。
イギリス人が書くことはちょっと違うのかもしれないけど、ちょっとした不都合だとかアンラッキーなことを書いてる人も多いですね。今日見たのではホリデーから帰ってきたらボイラーが壊れていたとか、出張先のホテルからの景色が工事中の看板だったとか。でもぶつぶつと文句言うんじゃなくて、さらっと「とほほ」という感じで書いてあります。日本人が書くこととは微妙に違うのかも。面白そうだから今度ブログに書いてみようかな。
管理人
2012年08月22日 00:07
あつこ>うん、ほんと、そう思いますよ。WSJの記事は極端だなと。ちょっとした不都合やアンラッキーなことは日本人も書いてますよ。面白おかしくね。イギリス人のブラックジョークとはちょっとのりが違うかもしれないけど。