世界はこれからどうなるのか

これから世界はどうなっていくのか・・・という憂いについて。

最近、宇宙のことなどを知るにつれ思うことは、

「よくなっていく」

という定義に問題があるのではないか、ということです。


宇宙は爆発から始まって、岩や惑星やらがぶつかりまくって成長していってるわけじゃないですか。

おそらくその間に、生命が生まれたり、絶滅したり、

文明が生まれたり、崩壊したり、

まあいろいろしてるんでしょう。


もしかしたら、ぶつかって、つぶれながら、成長していくというのが真の姿なんじゃないかという気もするわけです。


そして、量子力学なんかが正しいとなると、

パラレルワールドが正しいだの、

時間はまっすぐ進んでなくて、同時にすべて存在してるだの、

だんだん我々の理解を超えていってしまうわけです。


そもそも我々が理解しようというのが無理な話で、

それは、地を這う蟻が人間が作ったパソコンを理解するのと同じくらい果てしなく遠い話なのかもしれません。


人類は、知る限り、我々の時間の感覚からすると、結構長い歴史を歩んできているけれど、

まあ科学技術が発展して、より多くの人を養うことは出来るようになっているし、

いろんな病気や病原菌なんかもやっつける方法を編み出したけれど、

未だに国のラインをひいては争い事をしているし、

犯罪だって、決して減ってないでしょ。


てことは、別に人々は愛し合って助け合えるようになる方向を目指してないんじゃないのかという気もするわけです。


そのわりには、世の中の宗教も、スピリチュアルな教えも、

究極は愛だという。


それはいったいどこから来てるのか?


宇宙はぶつかりまくったあげくに愛に到達するのか?


まあ、そういうことは、きっと人間の知ることのできないレベルのことであって、

とりあえず人間が生きていくに当たって、究極は愛である、と信じている方がいろんな意味で都合がいいんだろうな、という気はするんだけれど。


でも、天の川銀河も、そのうちお隣のアンドロメダ銀河とぶつかって消滅し、大きな銀河ができるんだなどと言われると、

なんか、やっぱり、戦ってぶつかって、一方が消滅しながら、全体として成長する、というのが真理なんじゃないのかな?


植物だって人間だって、消滅しながら増えていってるんだし。


ま、そんなことを思ってしまうと、諸行無常なんでしょうか・・・。


と、そこまで書いて、ふと、お釈迦様の悟ったことは一体なんだったのか?

と気になってきました。

そんなにちゃんと勉強したことないので。


で、今、さっそく、その手の本をキンドルで二冊購入しました。


今から読みます。


この便利な世の中、実は好きです。

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